2014/12/16

結露する窓とぼんやり英語考


英語は
授業の1つで出てくるから
努力すればできる
みたいに思うけど
そんな訳ないんだ
と書いたんだけど
まあ
ある意味で
努力不足とは言えるみたいだ

前書いたアメリカのエリートたちが
習得するのにかかった平均時間
具体的には
2200時間とか
これ
優秀な人間が仕事として
がっつりサポート付けてもらって
少人数のクラスでやって
という数字だ


僕たちは平均的には
中学・高校と
英語の授業を受けてて
その時間を合計しても
2200時間の半分くらいしか
ないらしい
しかもダラダラと6年かけて
授業終われば
ほとんど英語に触れることもない
かつ
日本では
ほとんどの人間は
英語なしで生きていけている
普通に仕事つけるし
困ることがほとんどない
だから
誰も本気でやらない

そもそも
英語できなくても
ノーベル賞がとれるレベルまで
学べる世界を構築している
日本語の世界に
高等教育の語彙が存在しているから
日本語だけで学べる
これはある意味
恵まれているといえる
(ここで言葉の優劣みたいなことを
言う人もいるがそれは間違い
ただその言葉世界に
必要があったかどうかだけで
そこに優れてるとかは何もない)

英語が必要な仕事って
そうとう専門的だろう
そう専門技術なんだ
僕らがやってた英語って
学問じゃなくて専門的な技術
教科でいうと美術とか体育とか
そっち寄りだ

だから
英語で学力を測るのも
おかしな話だ
あんなもので試験する必要があるのは
英語専門にやる人間だけでいい
美大や体育大がそうであるように
本来は外国語大学の英語専門
だけでいいんだろう

それが何故だか
基本どの大学にも
英語試験があって
大学間のレベルの差をつけるために
小難しい問題が作られ
それに対応するように
小難しい授業になり
ほとんど飲み込めないまま
ほとんどの日本人が卒業していくのは
とても不幸なことだ
少ないとはいえ
1000時間もかけているのに

個人的には
学校教育において
英語に掛ける時間が
本当にもったいないので
全く無しでいいと思っている
だがどうしても
グローバルだ何だというなら
6年かけて
中学英語をやればいいと思う

基礎的なところをきっちり
ネイティブレベルを求めず
相手が何言ってるのか
聴けて
相手に何言ってるのか
分かってもらえる範囲で
話せて
基本語彙が
読めて
書けて
できれば充分で
あとは興味を持つ人が
さらに深めていける
という道筋があれば
美術とか体育とかと一緒で

と思うのだが
世の中
逆行していて
なんだかなと思う
大学入試で英語の試験
全廃するだけで
実現可能で
学生の学力の差は四教科で
見たらいいだけなのに
日本語の世界なのだから
日本語で学べる力を測ればいいだけで
特殊な技能を問うのも
おかしな話だろう


0 件のコメント :